先月は、タブレット端末を活用したリコーダーの反転学習を取り上げましたが、今月は、タブレット端末等を使った授業に取り組んでいる音楽専科の先生を紹介することにします。
その先生は、全学年の音楽授業を受けもっている小梨貴弘さん(埼玉県戸田市立美谷本小学校教諭)。「毎月、連載を楽しみにしています」とfacebookのメッセージを通じて連絡をくださるまで、私は小梨さんの存在を知りませんでした。その後、小梨さんのブログなどを読んでいくうちに、その凄さを実感し、先日、お会いすることになったのです。
実際にお話ししてみて、1990年頃、初山正博さん(当時、東京都新宿区立戸塚第三小学校教諭)の電子楽器を使った合奏記事を本誌上で見つけ、会いに行ったときと同じように感動している自分に気づきました。感動したのは、このお二人には共通点があったからです。予算やネット環境などの面で制約が多い学校現場で、できる限り有効に「電子」を使おうという意欲――それが驚くほど高いという共通点でした。
小梨さんの取り組みの特徴の一つは、授業の「ユニバーサルデザイン化」です。 「すっきり」「はっきり」「みえる化」「つながり」「学び合い」といった五つの視点から、授業のパターン化、授業規律(あいさつ、音楽室内外、演奏時)の確立、楽譜の取り扱いなどに関して工夫し、授業全体をコーディネートしています。つまり、授業の「ユニバーサルデザイン化」とは授業改善のための手立てを系統立てたものなのです。当然、設備面においてもデザインされており、黒板、児童用椅子、楽器類などとともに、ICT機器も積極的に導入し、日々進化させています。
現在、音楽室には大型液晶テレビが 2台設置され、そのうちの1台は、主教材(楽譜、歌詞、イメージ映像・画像)を、もう1台は、常掲教材(目標、リコーダー運指、奏法・唱法の留意点)を表示。授業で使用するPCのソフトは iTunes、PowerPoint、授業のための教材制作用として、Finale(楽譜制作ソフト)、教務用としてiCal(スケジューラー)などです。
グランドピアノの近くにはノートPC(Mac)があり、映像や音声、楽譜などを集中的に操作し、授業のスピード感をアップ。譜面台に置く楽譜の「デジタル化」にも試行錯誤を続けています。
小梨さんが自作したデジタル教材も素晴らしいです。著作権に配慮し、あくまでも授業で使うことを前提にインターネットなどから素材を集め、iBooks Authorで iPad用の副教材を制作。その充実ぶりは「デジタル教科書」と言ってもよいぐらいです。
また、先生自身の模範演奏を録画してYouTubeにアップロードしておき、配布楽譜に掲載したQRコードを家庭のスマートフォンなどで読み込み、家庭でその模範演奏を視聴するといった学習を実践中。これはまさに「反転学習」ですね。
さらに、児童二人に1台のiPadを用いた新しい取り組みも行っています。小梨さんが行ったのは、iKoto HDというアプリで弦やポジションの確認、演奏の疑似体験をした後、二人で一面の箏を演奏するというもの。ただ、こうした実践を継続させるにはタブレット端末が子どもたちに普及しなければなりませんが、他の多くの公立小学校と同様、小梨さんの小学校でも一人1台端末はまだ遠い先の話だそうで、残念です。
「先にiPadで演奏しているからこそ、子どもたちは弾くときの弦の振動や胴の共鳴による豊かな響きが理解できたと思います。箏は平均して各小学校に2・3台しかないので、iPadによる体験は有効であったと言えます」と小梨さん。2・3台しかないのなら、タブレット端末=バーチャル=本物ではないなどと言っている場合ではないでしょう。
タブレット端末の登場によって、それまでコンピュータ教室でしかできなかった PCを使った活動が、コンピュータ教室外でも可能になった――このことの意義は非常に大きいと小梨さんは力説します。「iPadによるお箏の演奏は疑似体験でしたが、iPadを使って音楽づくりにおいて本質的な活用をしたいですね。各教科でタブレット端末などの活用に関して検証実践が進んでいるのに、音楽科が何もしないのでは、教科としての存続も危うくなりますよね」。
公立学校のネットワークはいろいろと規制が厳しく、新しいメディアを教育に取り入れにくい状況にあります。小梨さんも新しい機器の多くを自費で購入し、授業での活用を研究しているということなので、行政や企業が熱心な先生たちに機材を提供してほしいと思います。
小梨さんのように自作デジタル教材を作っている先生は日本全国にどのぐらいいらっしゃるのでしょうか。小梨さんという「点」が「面」になることを期待します。