ICT Music Session

INDEX

リンク

「音楽科教育とICT」第3回 ICT教育 これまでのネガティヴ論を考察(2015.6)

ICT導入の必要性に関するさまざまな見解を、否定的なものと肯定的なものに分けてまとめることにしました。今月はまず否定的な見解についてふれることにします。

ICTを導入すると先生がいらなくなる?

いつの時代にも、新しいものに対して拒絶的な態度をとる人は存在します。デジタル教育=デジタル教科書に対する批判としては、田原総一朗著『緊急提言!デジタル教育は日本を滅ぼす』(ポプラ社)がその代表例でしょう。

田原さんは「(デジタル教科書では)問題を解く、正解を出すという作業が自己完結してしまう。(中略)ネットの上で自己完結することにより、教師も学校もいらなくなってしまう。」(p.47)等々の持論を展開。この本が出版された2010年夏は、デジタル教科書の開発や実証実験が盛んになり始めた頃だったため、ICT教育の推進者にかなりの衝撃を与えました。

田原さんは、同書で、「今、電車の中で、本や新聞を読んでいる人はほとんどいない。」(p.31)と嘆いています。おそらく、人々が本や新聞を読むのにデジタルツールを使うようになっているのを(少なくとも執筆時点では)ご存知なかったのだと思いますが、著名人の発言は影響力があります。デジタル教科書は「電子ドリル」ではないのに……と悔しい思いをした関係者も多かったはずです。

ICTに対する同じような批判は、音楽教育の学会誌でも見られ、私が目にした限りでも、「これ(ICT)が、どんどん使われるようになると、子どもはもう教科書を持たなくなって、そのまま先生が電源をピッと入れると、もう先生はいらなくなって、そのまま50分進んでいくことだってできると思います」という発言がありました(2012年)。電源をピッと入れると後は「全自動」というのは事実誤認であり、これまで以上に高い指導が求められることがあり、時にはサポートが必要なぐらい大変なのに……。電子レンジと勘違いしているのではないかと呆れました。

ICTの本質を知っているからゆえの否定論も

新井紀子さんの『ほんとうにいいの? デジタル教科書』(岩波ブックレット 2012年12月)は、長年教育現場での情報技術活用に取り組んできた人ならではの視点で、デジタルの長所と短所を挙げながら、デジタル教科書の拙速な導入に警笛を鳴らした良書です。

また、関島章江著『日本のICT教育にもの申す!』(NextPublishing 2013年10月)は、日本のICT教育の現状に危機感をもった著者が、IT企業人かつ保護者の立場から書いた本です。

私の偏見かもしれませんが、ICT教育を推し進める立場にいる男性は大抵機械マニアであり、ICTを使うことが目的となりがちであるのに比べ、女性は距離を置いてその効果や必要性を考える習性があると思います。ICT教育の世界でも女性の活躍が目立ってきましたね。

ICT活用≠電子黒板とデジタル教科書

音楽教育の研究者である田中健次さん(茨城大学教授)は、学校教育のICT活用が「電子黒板とデジタル教科書」を中心に進んでいることに異議を唱え、音楽科では、これまでに提供されてきたさまざまなデジタル機器と電子黒板とを結びつけるべきであると主張し、また、ICTに含まれるCommunicationではなく、従来のコミュニケーションのうえに成立する表現活動などの重要性を説いています。

つまり、「音楽科にICTは必要なのか」……この問いに対する解として、ICTは必要であるが、この場合のICTは「電子黒板とデジタル教科書」ではなく、音楽科で活用してきたデジタル機器を含んだものであり、C=Communicationにも音楽科独自のものを入れていくべきであるということなのだと思います。音楽科における電子テクノロジーの活用を牽引してきた田中さんなりの着地点なのかもしれません。

音楽科教育の情報化は必要最小限度でよいという意見

次に、音楽科に現在のICTは必要ないという見解を表明しているのが、音楽社会学者である井手口彰典さん(立教大学准教授)です。その理由として、彼は、昨今の音楽科教育は20世紀末時点のICT状況にさえ追いついておらず、とりわけ2000年以降のデジタル技術の発展に伴う「作品」「楽器」「演奏」「歌唱」などの概念の変容に対し、音楽科教育はもう対応できないところまできていることを挙げています。

そして、20世紀の音楽観とそれに基づく教授スタイルを保ち続けることも音楽科の選択肢の一つであり、「教育の情報化」が国の方針として挙げられたものである以上、CDをインターネット上のストリーミング再生に変えるといったように、必要最小限度の範囲でICTを取り入れていくべきであるが、児童・生徒に教える内容そのものについては刷新しなくてよいとしています。ニコニコ動画、楽器としてのモバイルPC、ボーカロイド、エア芸など、現代の音楽文化状況をつぶさに見てきた井手口さんならではの指摘であるといえるでしょう。

私は、井手口さんが示した「音楽科は、必要最小限度の範囲でICTを取り入れるべき」という提案は、音楽科を否定しているようでいて、ICT活用に二の足を踏んでいる現場の先生たちの気持ちをネガティヴからポジティヴに変える契機となるのではないかと思っています。

この続きは次号で。

この頁のいちばん上へ