ICT Music Session

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「音楽科教育とICT」第2回 これまでを振り返る(2015.5)

先月号でICTを「学校現場に広く導入されている新旧デジタル機器やデジタル教材全般」と定義したので、ここでは1980年代まで遡って音楽科教育とICTのこれまでを概観しようと思います。

学校現場に電子楽器が積極的に導入された80年代

1990年前後に大学院生だった私は、本誌に電子楽器関連の記事がどの程度載っているのかを調べたことがありました。80年代の本誌にはシンセサイザーや電子キーボードを使った授業実践例、新製品紹介記事が多数掲載されており、10年分の記事をスクラップブックに貼るとかなりの分量になったと記憶しています。80年代は、「電気の音は耳に悪い」と真っ向から電子楽器を批判する人もまだ大勢いた一方で、その教育面での効果に気づいた先生たちが電子楽器の魅力を熱心に啓蒙した時代でした。

紹介されていた実践例の中で私が最も注目し、修士論文「電子楽器の教育的可能性─メディア論からのアプローチ」の中で詳しく考察したのが、電子楽器がアコースティック楽器を補完することによって、合奏のサウンド全体を豊かにする方法を示した初山正博さん(当時・新宿区立戸塚第三小学校教諭)の実践でした。四半世紀経った現在でも色褪せないその指導には、さりげなくデジタルを加え、新しい教育観を形づくっていくという、ICT活用の理想があると思います。

DTM、学習用ソフトの隆盛期、90年代

90年代に入り、「教育の情報化」が進み、学校にコンピュータ教室が設置され、PCとともに「HELLO!MUSIC!」(ヤマハ)、「ミュージ郎」(ローランド)などのシーケンス・ノーテーションソフトが爆発的に普及しました。他の教科用にあまりよいソフトがなかったことが幸いし、いわゆるDTM(デスク・トップ・ミュージック)ブームが起こり、『コンピュータ音楽授業実践事例集:音の出る楽譜でこんなことができた』(小林田鶴子編著 東亜音楽社 1993)など、音楽科教員による実践事例も数多く発表されました。

90年代のもう一つの特徴として、エデュテインメント(Edutainment=Education+Entertainment)音楽ソフトの開発が挙げられるでしょう。CD-ROMで提供された《ピーターと狼》(プロコフィエフ作曲)などの「Music ISLAND」シリーズ(オラシオン)はその代表例です。音楽とアニメーション、オーケストラの楽器の解説などからなる「Music ISLAND」シリーズのクオリティは、現在の音楽絵本アプリなどと比較してもまったく遜色のないものでした。[注]

[注]90 年代のICT活用の集大成「富山大学開学50周年事業 親子で楽しむマルチメディアコンサート」(1999)の映像があります。ぜひご覧ください。http://www.ongakukyouiku.com/ICTMS/multi.html

オンラインを使った試みが始まった00年代前半

2000年から段階的に始められた「総合的な学習の時間」には、内容として「国際理解」、「環境」、「福祉・健康」と並んで、「情報」が示されたため、ICTを活用した教科横断的な実践が模索され、本誌別冊号『無理なく取り組める「総合的な学習の時間」3つのSTEP』(1999)の中で、前述の「MusicISLAND」を使用した実践例などが提案されました。

2001年には教育情報提供サイトである教育情報ナショナルセンター(NICER)が設立され、各教科の授業に役立つコンテンツに関する情報がダウンロードできるようになり、さらに同年にはウェブ上の音楽教科書「オンライン音楽室」(文部科学省教育コンテンツ開発事業)が制作され、ICT活用は広がりを見せました。国内外の学校間でテレビ会議式の遠隔授業が試みられたのもこの頃です。

ICT活用の衰退が顕著な00年代後半以降

ところが、その後「オンライン音楽室」は制作会社の解散によって配信停止となり、社団法人日本教育工学振興会(JAPET)が発行している『実践事例アイディア集(小学校/特別支援学校)』において、音楽科の事例が2002年以降応募数、掲載事例数ともに減少していることからもわかるように、DTMや学習用ソフトを活用した実践も下火になってしまいました。インターネット回線を使用した遠隔授業についても、00年代前半と比べて格段に簡単かつ安価に実現できるようになったにもかかわらず、活発には行われていないと思います。

さらに、教育情報ナショナルセンターが2011年に運用が終了したために(まだウェブ上で閲覧できますが)、音楽科教育のためのポータルサイトは事実上存在しなくなりました。そして、2010年以降登場したモバイルPCを使った実践、それと連動が期待されるアクティブ・ラーニング、21世紀型スキルの育成を目指した取り組みに関しても、音楽科は他教科より遅れているのが現状です。

近年の音楽科でのICT活用は、さまざまな要因が複雑に絡み合って衰退していると思います。ICTは絶対に使わなければならないものではありませんが、一般の社会に目を向けると、シーケンス・ノーテーションソフトは一般化し、ウェブ検索は日常生活でなくてはならない手段となり、Skypeなどを使ったビデオ通話は、祖父母と孫の間でさえ行われています。

こうした状況の中で、音楽科教育とICTはどうあるべきか……。来月号で考えていくことにします。

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