2012年度の中学校版(教育芸術社)に続き、今年度(2015年度)、指導者用小学校版デジタル音楽教科書が発売されました(教育芸術社、教育出版社)。読者の皆さんの中にはすでに授業で使用している方もいらっしゃると思いますので、2回にわたり、デジタル教科書を取り上げることにします。まず今月は海外での状況について。
現在、海外で音楽デジタル教科書(あるいは音楽デジタル教材)がどのように活用されているか、詳しい状況はほとんどわかっていません。その一番の原因は、これらを研究対象にしている日本の音楽教育研究者がいないからであると思います。私が大学院生だった 90年頃、欧米の教科書研究が盛んで、その後、アジア各国の教科書に関心をもつ研究者もいたのに、どういうわけか、デジタル教科書への関心は低いようです。重要なテーマであり、また、より低コストで情報を入手できるようになっているにもかかわらず、特に若い音楽教育研究者が諸外国のデジタル教育を研究しないのはもったいないと思います。
海外の事情がわからないもう一つの大きな原因として、教育工学の専門家の音楽科への関心が低いことがあるでしょう。諸外国の動向をつぶさに調査している方々が、意外に音楽科におけるデジタル化について知らないのです。音楽科は周辺教科だからかもしれませんし、音楽は万国共通語といわれる一方で、音楽のデジタル教科書などの中身を理解するためには音楽の専門性が不可欠だからかもしれません。
諸外国のデジタル教育事情に詳しい私の友人は次のように説明しています。「国定または検定の教科書制度があるか、ないかの違いは大きい。デジタル教科書をしっかりと開発している国は、韓国以外に見当たらないです。制度がない国では、正確にいうと、デジタル教科書ではなく、単にデジタル教材ということになります」。
例えばイギリスの場合、一般的に教科書とよばれているものは、町の書店で売っている参考書・問題集のようなものであり、学校がこれを使うと決めたならばそれが教科書になるといいます。また、個々の出版社がデジタル化すると決めればすぐにできるそうです。日本とは随分状況が違いますね。
少し前になりますが、私はソウルのケウォン中学校( www.kaewon.ms.kr)を訪ね、音楽専科の女性教員キム・ドクイムさんの授業を見学したことがあります。彼女はピアノを弾きながら、スクリーンにデジタル教科書を投影して楽譜を拡大表示し、模範歌唱の再生、パート別の再生などを行っていました。彼女は「私はデジタル人間ではありませんが、子どもたちがとてもICTに馴染んでいるので、取り入れています」とコメントし、これが一般的な中学校の姿であることを力説していました。
韓国では、デジタル教科書に関して指導者用と学習者用との区別がなく、中学校音楽デジタル教科書だけでも12社から発売されています(2013年度時点)。従来の指導技術だけで十分に生徒を引っ張っていくことができる専科教員が、積極的にデジタル教科書を使っていることや、作曲アプリ、教員のためのポータル(支援)サイト(edunet4u.net)など、「新しいもの」があれば「とりあえず使ってみる」という気質をもっていることが印象的でした。
「음악(音楽)」(음악과 생활、音楽と生活社)
韓国の音楽デジタル教科書の一つ、中学校1年生用の「음악(音楽)」(음악과 생활、音楽と生活社)を視聴する機会をもつこともできました。
韓国版の最も大きな特徴は、日本では別売の鑑賞曲CD、指導用CDで楽器音、声を連動再生させる方式をとっているのに対し、デジタル教科書それ自体から楽器音や声がAudioで再生される点です。また、例えば2部合唱曲の場合、歌(上声部)+伴奏、歌(下声部)+伴奏、歌(上下声部)+伴奏というように、数種類の再生パターンがあること、ディズニーの音楽、マイケル・ジャクソン、マドンナなどの楽曲などがデジタル教科書から直接再生されることも驚きでした。日本の音楽の先生が隣国のこうしたデジタル教科書を見たならば、著作権の扱い方が異なることに気づくことでしょう。
2010年から約2200億円もの予算を投じてICT教育の普及を進めてきた韓国。ICT懐疑派は巨額の投資に見合った効果がないと主張し、推進派は、検証期に入って見直しが行われている段階であり、ICT教育の衰退と捉えるべきではないと主張しています。賛否が渦巻くのはICT教育の宿命なのでしょうか。