近年、「反転授業」とよばれる授業形態が注目を集めています。反転授業とは授業と宿題の役割を「反転」させ、授業時間外にデジタル教材等によって知識の習得を済ませ、教室では知識確認や問題解決学習を行う授業形態のことですが、今月は、リコーダー演奏の「反転学習」事例を紹介することにします。
科研費「小学校におけるICT音楽学習環境の整備と『21世紀型音楽室』構想」の実践校を探していたところ、東京都北区立豊川小学校5年1組(30名)の担任教諭、佐藤和紀さんが引き受けてくださいました(平成26年度)。佐藤さんは主任教諭の傍ら、東北大学大学院情報科学研究科博士課程に在籍し、博士論文を執筆中です(http://www.satou-kazunori-lab.net/)。
初めて豊川小学校を訪問し、音楽専科教員の森谷直美さんの授業を見学したのが今年の2月9日。「機械は苦手なんですよ」と謙遜していらっしゃるものの、自作楽譜をスクリーンに投影し、ピアノで弾き歌いしながら、休符の際に右指でピアノ横に置いてあるノートパソコンのキーを「ばーん」とたたき、ページをめくるというパフォーマンスを披露。音楽専科だからこそできる「凄ワザ」でした。
すぐに何かICTを使った新しい試みをやってみようということで意見が一致し、ちょうど練習していた《四季》より『春』第1楽章(ヴィヴァルディ作曲)でリコーダー演奏のための反転学習教材をつくることになりました。演奏のポイントに関する解説と模範演奏を収録したビデオ教材(演奏は森谷さん、撮影は佐藤さん)の内容は「春A(26秒)」「春B(60秒)」「春C(40秒)」「春通奏(100秒)」です。
5年1組の子どもたちはタブレット端末(iPadmini)を一人1台所有し、家庭に持ち帰ることもできます。プレテストの結果、演奏の到達度が低かった 3分の 1の児童のタブレット端末に上記の教材を入れ、家庭での練習を促しました。その後、これらの児童の演奏を毎日録画(5回)し、1週間後にポストテストを実施した結果、次の図に示すように、反転学習群が非反転学習群と比べて大きく伸びました。下位だった子どもたちが非常に上手になったのです(評価者は佐藤さん、森谷さんと私)。
到達度が低い児童の演奏が少し向上しただけでも、全体の響きがぐーんとよくなります。「模範演奏映像をつくっただけなのに、これはすごい!」と思った森谷さんは、25日後に迫ってきていた卒業式で、卒業生の入退場の際にリコーダーで演奏する『威風堂々』(エルガー作曲)についてもビデオ教材を制作しました。「ファ♯の吹き方」に関する演奏ポイントの説明と実演(38秒)、「高いファの吹き方とサミング」の演奏ポイントの説明と実演(25秒)、「前半通奏」実演(35秒)、「後半通奏」実演(56秒)、「全体通奏(ピアノ伴奏付)」実演(72秒)、「ピアノ伴奏」実演(71秒)の合計 5分ほどの教材です。
前回と異なり、クラス全員のタブレット端末に教材を入れ(3月3日)、自主練習を開始。到達度をチェックするために、25日の卒業式までに一人ずつ3回録画しました。これらの映像を音楽の専門家3名が評価したところ(個別評価、9項目5段階、総合評価 10段階)、すべての項目で向上が見られ、特に演奏の中断が際立って減少しました。この期間に実際の授業では通奏を2回行ったのみ。タブレット端末で模範演奏等を見ながら自習した効果が出たといえるでしょう。
一般の音楽レッスンでは「反転学習」は当たり前ですね。生徒は練習せずにレッスンに行くのはよくないことであると自覚していますし、先生から怒られるのを覚悟しています。学校の音楽授においても、反転学習教材を活用して家庭での練習を増やすことは可能ではないでしょうか。そして、その積み重ねが将来の学習者用デジタル教科書(デジタル教材)につながっていくと私は期待しています。
2015年8月12日日本デジタル教科書学会 2015年度年次大会 「小学校におけるリコーダーの技能向上を目指した反転学習の評価」(登壇 佐藤和紀)
2015年9月22日 日本教育工学会第31回全国大会「小学校音楽科におけるリコーダー演奏技能向上を目指した反転学習の効果」(登壇 深見友紀子)
JSPS科研費10283053(深見友紀子)JSPS科研費50247508(堀田龍也)