月刊ミュージックトレード(ミュージックトレード社)に連載した
コラムのバックナンバー

2003年11月
初秋の東欧への旅 報告記
深見友紀子(Yukiko FUKAMI)

 九月に長期休暇をとってベルリン、プラハ、ウィーン、ブダペストを旅してきたので、今月はこの旅行を話題にしよう。

 最初の滞在地ベルリンでは、三十代半ばで一念発起し、現地の音楽専門学校に留学した翻訳家の友人のアパートに十日間居た。東京でライヴをするためにこの友人が私の出発日の前日に一時帰国することがわかり、光熱費込み、一日十五ユーロ(二千円)で借りることができたのである。

 アパートまでの地図、洗濯機の使い方、ゴミの出し方などが書かれたメモとともに鍵を手渡された瞬間、いつもの海外旅行とは違った緊張感を味わったし、乗り継ぎ便が遅れて真夜中にベルリンに到着し、要領のつかめないドイツ製の鍵と格闘した時には涙が出そうだった。

 しかし、いったん中に入ると心配は吹き飛んだ。アパートは快適そのもの!
 一人暮らしの彼女には十分過ぎる広さ(七十m2)で、ベッドルームにはグランドピアノが置いてあり、 しかも家賃は四万五千円というのだから羨ましい話だ。音大の先生のレッスンも三千円ほどで受けることができるらしい。日本の悪い住環境と、硬直化した師弟関係にうんざりした日本の若者は、これまでのように大卒後に留学するのではなく、高校を出るとすぐに海外に出るようになるのではないかと思う。

 一方、日本のほうが上回っていることがある。楽器店・楽譜店の品揃えの豊富さだ。ベルリンに限らず、どの都市に行ってもこれだけは日本が一番である。とりわけ、ポピュラーを中心とした新しい楽譜の発刊のスピードとその量は群を抜いている。音楽文化の成熟度を比較する時、日本の音楽文化はまだまだ貧困であると言われるけれど、ちょっと卑下し過ぎなのではないか。楽譜については、住宅やレッスン料などと違って価格差もない。

 ベルリン滞在中、平日午後一時十五分から始まるベルリンフィル見学ツアーに行った。指定の場所に集まると、フィルハーモニーの建物を無料で案内 (英語とドイツ語の解説付き)してくれるツアーで、その夜のコンサートのゲネプロも少し見学することができた。これはお勧めである。

 ベルリンフィルの隣には楽器博物館(MUSIKINSTRUMENTEN-MUSEUM)があって、前後に絡みあうように複数鍵盤を持つOrthotonophoniumや、絢爛豪華なオルガン“TheMighty”といった、珍しい鍵盤楽器の数々を見ることができた。

 ウィーンでは国立オペラのチケットが売り切れていたため、料金三.五ユーロ(四百五十円)の立ち見席券を買った。早くから並んだ甲斐があって、高い料金の座席まで数メートルしか離れていないし、おまけに立っているからこそ居眠りせずにすんだ(笑)。

 オペラ座周辺を散歩していると、HAUS DER MUSIC という音楽施設をみつけた。この建物は、一階がウィーンフィルの歴史を紹介する資料館、二階が人間の聴覚を刺激する電子装置や実験的な楽器を体感できる電子音楽館、三階が有名な作曲家の業績や生活を紹介する博物館になっていて、四階には二階とはまた少し趣向の違った電子装置があった。

 このようなインターラクティヴな装置は、日本では岩井俊雄らのメディアアーティストが行なうイベントなどでしか見ることができないもので、ここではそれらが常時展示されていることに驚いた。最も面白かったのは、スクリーンのウィーンフィル相手に電子棒で指揮をして、テンポやリズムが合っていると楽団員が喝采し、反対に下手だとブーイングする装置、“THE VIRTUAL CONDUCTOR”。
 私がやるとどうしたわけかブーイングの嵐で、「故障しているのではありませんか?」と館員に言ったところ、否定されたうえに笑われ、とてもめげた。

 この HAUS DER MUSIC は、たとえば、モンタージュの技術を使って現代のモーツァルトの顔を再現するなど、作曲家の解説にも電子的な仕掛けを多用している。従来の内容と新しい手段やアイデアが共存するという点で、次世代音楽博物館のモデルといえるものだ。ベルリンは斬新なアートを発信する都市、ウィーンは古き良き時代を彷彿とさせる都市という先入観は間違っているかもしれない。ベルリンの楽器博物館と比べると、この施設の斬新さには目を見張るものがあった。

 オペラ座の立ち見席の取り方や国際列車の乗車券の購入方法、外国製家電の使い方など、新しいリテラシーをマスターし、手の込んだドイツ料理にも挑戦した。最近パック旅行に慣れていた私にとって、個人旅行の良さを実感する機会になったが、東欧の物価の安さ、なかでも食材の安さに慣れたため、日本に戻ってくると買い物をする気がまったく沸かなくなってしまった。

 日頃日本では節約し、物価の安い国で思いっきり使う―なかなか賢い生活防衛術であると思いつつ、来年はどこに行こうかなとすでに考え始めている。

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