月刊ミュージックトレード(ミュージックトレード社)に連載した
コラムのバックナンバー

2004年4月
Yahoo! オークションでエレクトーンを売る人、買う人
深見友紀子(Yukiko FUKAMI)

 Yahoo! オークション(http://auctions.yahoo.co.jp/)をご存知だろうか。簡単に言うと、ネット上で「普通のお店では手に入らないあれが欲しい!」「使わなくなったこれを売りたい!」という願望を叶えるサイトである。

 私も二年ほど前、オークションに凝っていた女子学生に未使用の高級スリッパを売ってもらったことがある。彼女はそのスリッパがなるべく可愛くかつ状態のいいものに見えるように写真を撮り、コメントをつけて出品してくれた。しばらくして、秋田に住む男性が落札したのだが、彼氏にプレゼントでもするかのようにステキにラッピングして送り、代金も無事届いてめでたし、めでたし、結局そのお金は彼女のお小遣いになった。

 これまでの取引内容をみることによって、信用できる出品者かどうかチェックできるようになっていたり、前科者は参加できなくなるなど対策はとられているけれど、この時、出品者(売り手)と落札者(買い手)の顔が互いに見えないのは恐いなと感じた。また、安価な物の場合、送料が割高になるのも気になった。

 なんとなく不安だなと思っているうちに、参加するには月額利用料二百円が必要になり、それっきりになってしまった私だったが、前月号に登場した中国人留学生李楽友くん(富山大学院生)が東京在住の人たちからエレクトーンを落札したのをきっかけに、最近また少しこのYahoo!オークションの世界を覗くことになった。

 二〇〇四年三月九日現在のエレクトーンの出品状況を、EL-900に関する取引を中心に紹介しよう。U(神奈川)〜宇多田ヒカル曲集付き、現在価格三五万円、入札無。この人は楽譜や月刊エレクトーン(一冊百円)も出品している。G(神奈川)〜ヘッドホン付きで、現在価格四十万円、入札無。ピアノ運送業者で手配、一階に設置する場合、東京・神奈川で運搬費一万円。はっきりとはわからないが、個人ではなくネット販売業者のようである。M(神奈川)〜現在価格二七万二千円、入札三件。「五年前に購入したものの都合によりほとんど弾く間もなく今に至りました。使用頻度極少。」勿体ない! 神奈川近郊なら送料は出品者が負担するという。B(東京)〜二〇〇〇年十〇月に新品で購入した900m、現在価格三十万円、入札無。「ピアノが専門で、マンションのため音が出せずいつも楽器店で練習していましたので、月に一回位しか弾いていません。蓋の防護シールもはがさず大事にしてきました。今回買い替えで出品させて頂きますが・・」月に一回しか弾かないのに買い換えるというのが私には信じがたい。H(福井)〜EL-900用の楽譜数冊付き、現在価格四十万円、入札無。この人は他にマタニティドレスを売っているので、産休明けのエレクトーン講師に違いない。F(東京)〜900m、現在価格二五万五千円(希望落札価格五十万円)、十七件の入札。最も人気があるが希望額には届かない。この人はフランフランのラグも出品している。いろいろと見ていくうちに、「ネット上での楽器の取引から社会をみる」といった論文が書けそうな気になってきた。

 さて、李くんが落札したエレクトーンEL-90とEL-87の出品者のうち、90の持ち主Kさんには私から電話をして、数日後李くんと一緒に訪ねることになった。普通ならばわざわざ上京せずに専門の運送業者に富山まで運んでもらうことになるところだが、李くんは現物を見ないでお金を振り込むことに難色を示した。「入金確認後の商品発送が一般的だから、送金したもののなしのつぶてということも考えられるし、最近ニュースで悪質な事件も報道されましたしね。購入する場合は、たとえ騙されても諦めのつく安いものしか買わないようにしているのですよ。」とKさんも彼の気持ちを理解してくれた。彼女はYahoo! オークション歴一年のヤマハ音楽教室の講師さんだった。

 李くんはEL-90を一通り点検した後、自分で分解・梱包し、引越業者と交渉をして富山まで送ってもらった。その間、私とKさんは前からり知り合いのように打ち解けて雑談をした。運送費に富山との往復の長距離バス代を加えても、楽器をそのままの形で運ぶよりずっと安く、その差額に正直言ってとても驚いた。

 中身をスピーカーセットと申告して運んだことの是非はひとまず置いておき、電子鍵盤楽器の場合、運びやすいことは今後楽器が生き残るための必須条件であると思う。新発売のエレクトーンは十五分で組み立てられるらしいが、さらに進めて、鍵盤が折り畳めるとか、一オクターブずつはめ込むことができるとか、劇的に進化してもいいのではないだろうか。一生モノ(少なくとも半生モノ)のピアノが抱える運搬の不自由さをそのまま踏襲しても仕方がない。

 二台のエレクトーンは四月には船で大連に運ばれる予定である。「私のEL-90は海を渡るのですね」Kさんは感慨深そうにつぶやいた。

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