月刊ミュージックトレード(ミュージックトレード社)に連載した
コラムのバックナンバー

2003年9月
2003年全日本電子楽器教育研究会シンポジウム
深見友紀子(Yukiko FUKAMI)

 八月六日、毎年恒例の全日本電子楽器教育研究会シンポジウムが行われた。電子オルガン、ML、コンピュータの各部会の枠を取り払った昨年は、電子オルガンのみの研究会になったみたいで寂しい気持ちになったが、今年も電子オルガン中心であることには変わりがないものの、邦楽との関連をテーマに、日本人の音楽的感性、教育論、本物Vsヴァーチャル談義にまで発展し、充実した一日となった。

 会場に少し遅れて到着すると、ちょうど山本邦山さん(東京芸術大学教授、尺八奏者)の基調講演「邦楽の世界から見た電子楽器への期待」が始まるところだった。日本の伝統を守りながらも新しいジャンルに触手を伸ばしている山本さんとって、電子楽器も新しいコラボレーションを可能にする楽器の一つに過ぎないのかもしれない。シンセサイザーとエレクトーンの相違点もわからないようだったし(邦楽の人間国宝がわかる必要もないか!)、三回ほど電子オルガンのことを“電子レンジ”と言い間違えて、会場を沸かせていた。

 「笙はすばらしい。篳篥もいい。三味線はまだまだ。尺八は微妙な表現が要求されればまだ遠い。」エレクトーンに内蔵する邦楽器の音色について山本さんがコメントし、エレクトーン奏者の柴田薫さんがデモンストレーションをした。私は“またシミュレーションか”と思ってがっかりした。

 昼食を挟んで、松尾祐孝さん(作曲家、洗足学園音楽大助教授)のプレゼンテーション「現代音楽作品における電子楽器と邦楽作品の軌跡」、パネルディスカッション「IT時代の音楽教育と伝統音楽」と続いた。

 松尾さんの話のなかで、前半の電子楽器の歴史については、ほとんどの参加者が既に知っている事柄だったり、反対に知らない人にはダイジェスト過ぎる内容だったと思うので、後半の波形分析による邦楽器音の特性の解明に力点を置いた構成のほうがよかったのではないかと感じた。レクチャーの後、松尾さんの作品「美しの都III〜尺八と電子オルガンの為に〜」が三橋貴風さん(尺八奏者)と前述の柴田さんによって演奏された。柴田さんは尺八の音色と合うエレクトーン独自の音をセレクトしていたが、彼女の音づくりの本領が発揮されていてホッとした。午前中の模擬楽器としての演奏でこの日が終わるなら、なんだかとても気の毒だったからだ。

 パネルディスカッションの司会は若尾裕さん(神戸大学教授)、パネラーは今榮國晴さん(名古屋音楽大学学長)、吉村七重さん(箏奏者)、柴田さん、松尾さん。学校現場で伝統音楽をどのように取り扱っていくべきかということや、伝統楽器が電子楽器と融合・共存していく可能性などについてフロアを交えて話し合われた。

 新しい学習指導要領において邦楽器の演奏が必須になり、必要に迫られた先生が安価な邦楽器を使って授業をしているという実情がある。こうした教育現場への伝統楽器の導入について、「教え込むと余計嫌いになることがある。邦楽で同じ事が起こらないように願う。」「いつも本物はこうだけど・・・と言い訳をしていてよいのか。」「お上が一斉に導入するというのはよくない。」「標準化した邦楽を子どもにたたき込むのはだめ」などという意見が出た一方で、邦楽の専門家である吉村さんが、「日本の楽器はどんどん高価になっている。学校ではとりあえずこういう形態の楽器があるということを知らせれば十分である。」「本物を鑑賞するために演奏会に足を運んでもらえればいい。」と言っていたのが印象に残った。

 吉村さんや松尾さんはそれぞれ箏の演奏家、作曲家として電子楽器の可能性の大きさを認めているが、無論軸足が電子楽器にあるわけではない。その点、エレクトーン奏者の柴田さんは生まれも育ちも電子楽器の人である。「私はポピュラー音楽から勉強したので、ジャンルの垣根がない。」「エレクトーンでできないことはない。」「電子音楽は最初にバーチャルありき。」と彼女は言う。 

 どこまでいっても歴然と存在するジャンルの壁、気づかないうちに模倣楽器の位置に甘んじてしまう電子楽器。落としどころのみつからない本物Vsヴァーチャル―そういった問題を論じることができる希有な人だ。既に認知されたピアノのような楽器をやってきたのでは決して見ることがない地平を見つめ、試行錯誤してきたからこそ、音楽に対する自分のスタンスをはっきりと持つようになったのだろう。

 若尾さんの機知に富んだ司会進行により、日本人の血、あるいはアイデンティティの存在を確認してパネルディスカッションが終わろうとした時、今榮さんが「日本人の血と片づけるのは嫌いだ。日本的になるために教育が必要だと思う。」と突如反論した。私はボーヴォアールの「人は女に生まれない。女になるのだ。」を連想しながら、二十分前だったらバトルになっておもしろかったのに、と残念に思った。

top > プロフィール > 月刊『ミュージックトレード』に連載したコラムのバックナンバー > 2003年9月

Valid XHTML 1.1 Valid CSS!