月刊ミュージックトレード(ミュージックトレード社)に連載した
コラムのバックナンバー

2003年7月
「鍵盤離れ」に歯止めをかける意外な新規参入者たち
深見友紀子(Yukiko FUKAMI)

 五月号の特集「シンセをもっと売る Part1 Part2」は興味深かった。座談会やインタビューに登場した方々のシンセに対する熱意や音へのこだわりが伝わってきたし、一昔前、電子オルガンについてあれこれ考え、こうあってほしいという願いを持っていた頃の自分自身を思い出して、とても懐かしくなった。

 懐かしいなどというと誤解されそうだが、現在の私は、学校教育になぜ音楽(授業や活動)が必要なのかといった、永久に答えが出ない問題をマクロな視点から考えざるを得ないのだ。そして、無意識のうちに、多文化教育、コンピュータの活用などを相対的な感覚で捉えてしまう結果、かつては持っていたはずの“電子楽器が好き” 、“演奏が好き”というような原初的な動機をつい忘れがちになっている。さらに悪いことに、独立行政法人化、県内三大学合併、教育学部に代わる新学部発足を機に、富山大学では音楽教育講座は消滅の運命にある。まさに八方塞がりの状態である。(これについては、いつかまたこのコラムで触れようと思う。) 

 このシンセ特集を読んで、楽器が発展したことによってシンセサイザーのアイデンティティが不安定になってしまったこと、不明確になりがちな商品コンセプト、ソフトシンセとの相克など、かなり深刻な問題があることもわかった。私も漠然とは感じていたが、きれいなメロディをあまり必要としなくなった世代や音楽スタイルが出現し、 また鍵盤がカッコいいというイメージがなくなったせいで、キーボードをやりたい人が減少している、「鍵盤離れ」の実態も知った。 鍵盤と指との接触から来る快感や、そこに生じる微妙なニュアンス、響きとの一体感はもはや感動を呼ばないのだろうか。

 確かに楽器ができなくても音楽はできるという風潮はある。大学で音楽制作ソフト使った演習を行うと、読譜が苦手で音楽的知識もない学生のほうがおもしろいものを作ったりする。こうした事態に対して、日本シンセサイザー・プログラム協会の方々は「感覚だけで作られてしまっている。価値観が少し歪んで来ているように感じてならない。」と言い、本誌の韮塚さんは「音楽制作に必要な楽典的知識に習熟してもらうことが大切である」と説く(五月号、十五〜十六頁)。しかし、楽器ができなくても音楽はできることを認めなければ、一般の大学では学習活動は成立しないのである。

 さて、「鍵盤離れ」にどのように対処するか。正直言ってシンセサイザーに関してはよくわからない、ただし、ピアノなどを含めた鍵盤楽器全般について、私は悲観していない。なぜなら、まだまだ潜在的なユーザーは存在すると思うからである。いわゆるシンセマニアと店頭にたまに足を運ぶ人とでは、楽器店にとれば大きな違いかもしれないが、全体からするとどちらもコアな集団である。専門学校のキーボード科の学生も同様。楽器店もほとんどない富山に住み、幕張メッセやサンシャインシティには決して行くことがない学生たちと接していると、そう感じるのだ。

 そうした潜在的なユーザーの一つ例が、鍵盤未経験で大学に入学して初めてピアノ習う、小学校教員養成課程の学生たちだ。彼らは、週十五分ほどのベルトコンベア式の旧態依然としたバイエルのレッスンに甘んじている。というよりもむしろ、他のレッスンの方法を知らないので、おそらく甘んじていることにさえ気づいていない。もちろんポップスの楽譜や練習用のMIDIデータなどについてもまったく知らないといっていいぐらいである。

 毎年夏に実施される採用試験では文部省唱歌などの弾き歌いが課せられる(都道府県によって、若干の違いがある)。二十代の若者がなんと「こいのぼり」や「春が来た」を弾くのだ (!!) 自宅や下宿にピアノがない学生は、エアコンのない音楽棟のおんぼろのピアノで練習するしかないのである。近年、採用試験は軒並み高倍率で、在学生は教員になる意欲をなくしていたが、去年ぐらいから小学校に関しては大都市圏では3倍程度に下がってきた。受かる確率が高くなった分、以前よりはピアノの練習に熱が入るようになったようだ。

 現在の彼らにはキーボードを購入したり、音楽教室に通う金銭的余裕はないかもしれない。しかし、将来は音楽の授業もするだろうし、日々子どもと接するのだから、鍵盤が弾けることは大きなメリットとなるだろう。しかも、安定収入ある購買層、ユーザー層としても期待できるはずだ。

 最近、ミュージックラボで教員試験対策講座を企画することにした(http://www.ongakukyouiku.com/
fml/kyosai.html)。教育学部の教員であり、レスナーでもあるからこそやれることで、私なりに「鍵盤離れ」に抗していこうと思っている。

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