月刊ミュージックトレード(ミュージックトレード社)に連載した
コラムのバックナンバー

2003年6月
ソウル教育大学訪問記 その2
深見友紀子(Yukiko FUKAMI)

 四月、新学期の疲れを吹き飛ばすようなうれしいニュースがあった。平成十一・十二度、十三・十四年度に続いて、十五・十六年度科学研究費補助金基盤研究C−2が採択されたのだ。テーマは「ウェブサイト音楽教育情報の有効活用に関する研究〜第二次『音楽室』環境整備と音楽教育情報の体系化」。音楽研究はなかなか採択されないので、大学教官の間で対策プロジェクトもあるぐらいなのだが、私はこれに関して(だけ)はこれまで全戦全勝! 国立大助教授の安月給と二重生活の金銭的負担を補おうという思いが各種助成金申請への原動力となっているからで、たぶん東京でのほほんと暮らしていたのでは、私はろくに研究もしないだろうと思う。

 さて今月は、訪韓レポート第二弾として、KCME(韓国コンピュータ音楽教育研究会)が進めている、学校音楽教育のためのネットワーク・データベース作りについて報告することにしよう。

 KCMEが制作している音楽教育用コンテンツは、九社の音楽教科書(中学1年〜高校1年)をベースに、イメージ(写真画像など)、グラフィックス(楽譜)、サウンド(MP3、WAV、MIDI)、動画などから成っている。著作権をすべてクリアし、イメージとグラフィックスとを合わせると既に二千以上の素材がデジタル化されているという。

 グラフィックス(楽譜)は、私が制作に参加した『オンライン音楽室』の「オンライン授業」に似た内容。「オンライン授業」はわずか十六曲なのに、このコンテンツの総数は四百もある。しかも音楽の専門家、教育工学の専門家、プログラマーら約二十人が四ヶ月の短期間で作ったというから驚きである。我々が工夫した“表現のためのアドバイス”などはなく、楽譜ととともに音楽が再生されるだけだが、機械的に一小節ずつ表示するのではなく、アウフタクト(弱起)なども正確に示している。韓国の伝統音楽を現代の譜面で表したものもあり、内容も実に豊富だ。

 「すべての教室にコンピュータとプロジェクタが整備されていますし、どんな小さな島の学校でもインターネットに高速でつながっています」とKCMEの代表、ソウル教育大のチャン・キブン先生が言うように、高速ネットワーク化が進む韓国では、学校現場への鑑賞用音楽配信はMP3、WAVが主流である。データ量が小さいという利点ゆえに日本で使用されてきたMIDIは、主に“音楽の仕組みを勉強するための素材”として活用されている。すなわち、音楽的基礎力の育成を目指して、調やテンポ、音色などを変えることができるMIDIの特性が利用されているのである。

 作曲家や楽器に関するコンテンツも充実していて、作曲家についてはそれぞれのプロフィールとともに代表曲の音源がある。楽器については構造などの説明とともに、その楽器を使用した楽曲を聴くことができ、トランペット、フルート、ティンパニなどの西洋オーケストラ楽器と韓国の民族楽器とをほぼ網羅し、同等に扱っていることに大きな特色がある。楽器の解説は、高校入試科目に音楽が含まれるお国柄を反映しているのか、一時代前の日本の音楽教育用LDを彷彿とさせる真面目な雰囲気だが、授業中に先生が一斉に見せる高価なLDと異なり、ネットワークで配信することによって、いつどこでも見れるようになったことの意義はとても大きいと思う。

 デモンストレーションしてもらったコンテンツの中で最も興味深かったのは、発声の際の口腔や、横隔膜、肺の動きを表している「発声法」のアニメーションと、タクトの動きをメトロノーム付きでなぞる「指揮」のアニメーション。紙のテキストだと陳腐だが、簡単な動きがつくだけで思わず引込まれるほどだった。こうしたアニメーションは、紙(静止画)では伝えられないことを伝えるという意味で、ごく簡単なものでよいから、日本でも制作するべきであると感じた。

 一方、日本においては、作曲家や楽器に関する動画コンテンツを集約してネットワーク化するのは、資金面や著作権などの面からかなり難しいと思う。現実的な解決策として、楽器メーカーのサイトや楽器・日本音楽に関するサイトなど、既にある貴重なサイトの有効活用、たとえば、そうした音楽教育情報を学校現場で生かすための指導案のネットワーク化などが考えられるのではないだろうか。採択された基盤研究C−2ではこのあたりを研究テーマにしたいと思っている。

 KCMEのサイト(http://www.kcme.net/)はハングル版なので私には解読不能。同様に『オンライン音楽室』も日本語版のため韓国の人にはわからない。同時完訳機能が実現するまでは、やはりネットワークコンテンツは英語版を併用するべきなのだなということを改めて認識させられた。

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