月刊ミュージックトレード(ミュージックトレード社)に連載した
コラムのバックナンバー

2003年4月
音楽教育研究のおもしろさと幅広さを知った
深見友紀子(Yukiko FUKAMI)

 二月は東京芸大の音楽教育研究室の修士・博士論文研究成果及び経過報告発表会(二月十一日、東京芸大)や、財団法人ヤマハ音楽振興会音楽研究所の研究発表会(二月十六日、東京国際フォーラム ホールD)などがあり、音楽教育のさまざまな研究動向を知る機会に恵まれた。

 何年かぶりで行ってみた芸大の論文発表会では、博士課程在籍の学生の多さに驚き、老婆心ながら就職先はあるのかなと心配になった。私が修士を修了した十二年前は、一学年わずか二名だったのに・・・。

 確かに最近では博士号取得を大学教官公募の条件にしている場合があるが、そもそも公募自体が非常に少ない(音楽系の企業も募集は無いに等しいが・・)。富山大学でも今春私の上司である中村義朗教授が定年で退官する後の補充はないし、他大学でも同じような事態であると聞く。つまり欠員が生じたまま、残った先生たちでなんとか授業をまわせ、というのだ。

 長い歳月勉強したことが社会で生かせないのは理不尽なことだ。でも、就職先は既存の公的な教育機関だけではないのだから、たとえ道は険しくても企業の研究所や教育関連のNPOに職を求めるとか、自ら起業するとか、逆に昔と違っていろいろと方法があるに違いない。頑張ってほしい。

 なにやら先輩気取りをしてしまったが、常に的確なアドバイスと暖かいまなざしで私を守ってくださった中村教授もいなくなったうえに、四月から富山大学の音楽科教育関連科目を全部担当することになるかと思うと、私も不安で一杯である。「いよいよ富山の音楽教育のボスですよね」などと冗談半分に言う人もいるけれど、まるでたった一人で切り盛りする営業所の所長のような気分である。

 さて、ヤマハ音楽振興会の研究発表会のテーマは『音楽と人間』(詳細は本誌先月号五十八頁参照)。年末に招待状が届いた時、「ヤマハ音楽支援制度 支援対象者による研究発表」と書いてあるのを見て、一回目の対象者である私は胸をなで下ろした。三年目から口答発表がノルマになったのだ。しかも会場は東京国際フォーラム!  

 東京国際フォーラムには今までにも何度か足を運んだことはあったが、学会の会場としてみるとなんと贅沢な所なのだろう。学会というと、大抵の場合大学が会場なので、空調がなかったり、プロジェクター装置なども自前で用意しなければならなかったり、最寄りの駅から非常に遠かったり、・・といつも某かの問題があるのに、地下鉄直結だし、椅子の座り心地もいいし、音響も明瞭である。一階のコンビニにはセルフサービスのコーヒーメーカーがあってこれが百円なのに美味しかった。

 大学会場との最大の相違点はライティング。故鈴木その子が「光がすべてよ」と言っていたように、ヤマハ音楽研究所の女性研究者たちが実に美しく見えたので、私も東京国際フォーラムで発表したくなった。もしも音楽支援制度一回目からの総集編などがあったら困るけれど(笑)・・・。

 基調講演をしたドン・キャンベル氏の魅力は、音楽教育の研究者でありながら、身体から音楽が溢れていること。日本にはあまりいないタイプの学者だ。ただし、彼の主張する「モーツァルト効果」に対しては私は以前から懐疑的である。 

 ヤマハ研究所の四名の発表のなかでは、老人ホームでピアノ指導している渡辺廣美さんの事例ビデオで、ピアノが上達していくにつれ、みるみるオシャレになっていく老婦人の姿が印象に残った。外見に無頓着になったかどうかが鬱病と診断する大きな指標となるそうだが、たかが外見と侮れない。

 また、熊坂好孝さんの事例ビデオに登場したヤマハ音楽教室のベテラン先生の指導力にも感服した。音楽との幸せな出会いは、どのような先生と出会えるかで決まるということをあらためて実感させられた。

 音楽支援制度の三名の発表もなかなか興味深かった。なかでも心理学者である田中章浩さんの研究、「音楽と言語の認知機構の共有に関する研究」は非常に発展性があると思った。二十分ほどの発表ではメロディラインの抽出能力と外国語の発話能力の構造、両者の関連性の分析について十分には理解できなかったが、メロディラインの選定ひとつとっても、音楽家の参与は必要であるし、さらに脳科学者などのコラボレーションを得ることができれば、まだほとんどわかっていない音楽認知の様態が少しずつ解明されていくはずである。

 三名とも音楽家ではないことに大きな意味がある。異分野の方々による音楽研究の成果が、音楽の可能性や人間にとっての音楽の必要性を考える際に、思いがけない視点を提供してくれることがあるからだ。

 懇親会ではヤマハ音楽研究所の二藤宏実さんや下道郁子さんとも話ができた。楽理科出身の同世代の研究仲間と知り合いになれたことも、とてもうれしい。

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