月刊ミュージックトレード(ミュージックトレード社)に連載した
コラムのバックナンバー

2003年1月
メディアが人の感覚を拡張する〜日本音楽教育学会報告
深見友紀子(Yukiko FUKAMI)

 謹賀新年。Part1から通算すると十一年目に入ったこのコラム。十年間も毎月同じ文字数で書いていると、他の原稿を頼まれた時もこの頁の文字数と比較して文章量を考えるくせがついてしまった私だが、内容面ではマンネリになることなく、常にフレッシュな話題をお届けしていきたいと思う。二〇〇三年もどうぞよろしく。

 さて、新年最初に取り上げるのは、私が企画と司会をつとめた第三十三回日本音楽教育学会でのプロジェクト研究『「音を聴く」ことへのメディア活用の可能性について』(二〇〇二年十一月十日、金城学院大学)。これはQuick TimeVirtual Reality(以下QTVR)のバーチャルリアリティ機能を使った「音空間地図」作りの試みであり、平成十四・十五年度上月情報教育財団の助成対象研究である。参加したメンバーは、小林田鶴子さん(アコール音楽教育研究所)、三谷雅人さん(三重県四日市市立笹川中学校)、谷中優さん(千葉県東葛飾郡沼南町立手賀東小学校)、そしてコメンテーターの鳥越けい子さん(聖心女子大学)。

 音楽の授業でマルチメディアをどのように活用すればよいかについて具体例を挙げた二〇〇〇年、コンピュータネットワークを活用した音楽科教育の可能性と課題を示した二〇〇一年―それに続く今回のプロジェクト研究のアピールポイントは、一つのソフト(メディア)の使い方を云々するだけではなかった点だ。音楽教育におけるこれまでのメディア研究のほとんどは、メディアの使用法の研究やそれを使った実践報告の域を越えていないので、プロジェクトを組む当初からこの研究には広がりを持たせたいと私は願っていた。まだ萌芽レベルに過ぎないけれど、音楽教育の諸問題、サウンドスケープ、音環境デザインなどへと発展できる幾つかの問題提起をすることができたのではないかと思う。

 今回使用したソフトQTVRは、ご存知の方も多くいらっしゃると思うが、Apple社のマルチメディア技術Quick Timeの拡張仕様の一つで、複数の画像を三次元的につなぎ合わせて現実に近い視界を実現するための技術である。

 笹川中学校と手賀東小学校で行われた活動の流れは以下の通り。

―簡単に言えば、三百六十度のパノラマ写真に音を付けていくのである。

 この実践の目標は、地図作りの過程でさまざまな音の位置や音量などに注意を払うことによって、子どもたちが環境の音に鋭敏になり、自分の周りの世界と向き合うようになっていくことである。これまで学校現場で作られてきた「音地図」は町を俯瞰したものであったが、今回の「音空間地図」はその空間の中に自分がいて目の高さがほぼ同じである点に特徴があるといえる。

 コメンテーターの鳥越さんは次のように言う。「特定の機能を持っているメディアが特定の聴き方を深める。個々のメディアは、それを使用する人の聴取活動、さらには音を意識するための“支援ツール”として機能する。」「私たちの“聴く力”は、そのメディアの特性に応じた方向に増進され、子どもたちの聴取活動を明らかに異なる方向に導いている。」

 聴取活動とメディアとの間には、一つの本質的な関係が存在するのは明らかなようだが、QTVRという最新のソフトを使ったからこそ、我々はそれらの間の本質的な関係を強く意識できたのではないだろうか。同様に、楽器の場合でも、電子楽器などの新しい楽器の方が“演奏行為”と楽器との関わり合いを考える機会をより多く与えるに違いない。新しい楽器の開発と並行して、こうした研究が今後進展すればいいなぁと思う。

 サウンドスケープにも、サウンドエデュケーションにも疎かった私が、このプロジェクト研究を契機に鳥越さんと知り合いになれたこと、学会だというのに名古屋マリオットアソシアホテルに宿泊したこともうれしい出来事だった。JR東海の「ぷらっとこだま」の宿泊セットは、こだまなので多少時間がかかるが、それを我慢すればマリオットホテルのダブルのシングルユースで合計25400円というお得なサービスである。リッチな気分になると仕事もうまくいくように思った私は、マリオットホテルというメディアによって、特定の方向へと増幅されたということになる。音環境も、住環境も同じかな(笑)。

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