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 深見友紀子のワーキング・ノートブック(2009~2014)は、2015年3月をもって終了しました。次は、ワーカホリックの私が隙間の時間で取り入れている、オーガニックフード、ヨガ、アンチエイジング医療、化粧品、アクセサリーなどに関する情報をお届けする新しいブログを計画中です。

悔しい思いを真面目に文章にしてみた

 2014年4月8日

 00年代から現在まで、研究面で「低迷の時代」が続いている。努力が足りなかったのかもしれないけど、時流にも乗れていなかった。そんな思いを、音楽教育実践ジャーナルの「特集の総括」で書いてみました。


特集の総括─ 深見友紀子 ─

 このジャーナル特集を企画するにあたっての原点は,「音楽科教育と電子テクノロジー」の20年を振り返ることであった。なぜ20年かというと,学校にDTM(デスクトップミュージック)が普及し始めたのが約20年前だからであり,そこから現在までを振り返り,今をみつめ,未来につなぎたかったからである。
 20年前というと,私は「電子楽器の教育的可能性―メディア論からのアプローチ」(東京芸術大学,1991年度修士論文)を書き,研究者としての道を歩み始めた。その頃は電子楽器の音楽教育における有効性をアピールしようという気持ちが強かったので,DTMにはあまり関心がなく,私にとってのPCは,自らの演奏をサポートするもの,ピアノのレッスンで補助教材としてハイパーカードを提示するときに使うものに過ぎなかった。
 そんな私に転機が訪れたのは,富山大学に赴任した1996年である。当時の富山大学には,今回のジャーナル特集に寄稿した堀田龍也さんがいた。堀田さんらに「深見さん,音楽ってマルチメディアの中心なんだよ,それにインターネットも活用しなきゃ」と励まされ,私は「富山大学開学50周年記念マルチメディアコンサート」(1999)を監修し,「オンライン音楽室」(2000)を企画した。また,インターネット上の音楽教育情報の整理などに携わり,それらの成果を本学会のワークショップで発表したこともあった 2004年,現在の勤務校である京都女子大学に移った。所属したのは保育者養成学科であったため,音楽科教育におけるICTについて考える機会はなくなってしまった。本学会で2回にわたってピアノ弾き歌い実技のeラーニングについて研究発表をしたことがあったが,フロアの関心が低いことは如実に伝わってきた。ちょうど同じ頃から,他の研究者らによる電子テクノロジー関連の研究発表も目に見えて減っていった。
 一般社会における情報化はさらに加速しているのに,いったいどういうわけなのだろう。私が保育者養成系に移ったから?私一人の力ななど微力だから,まさかそのようなことはないはずだ……。eラーニング研究が一区切りついたので,この謎を解き明かそうとサバティカル(研究休暇)を取ることを思いついた。そして,2012年4月から1年間,放送大学 ICT活用・遠隔教育センターにおいて「なぜ音楽の授業でICT活用が進まないのか」をテーマに研究することになった。
 大学校務が免除された一年間,私に与えられた多くの時間を生かし,教育工学関連,電子教材やデジタル教科書関連の研究会などに顔を出したが,音楽科教育の研究者と出会うことはなかった。2012年8月には音楽学習学会第8回研究発表会に参加し,大熊信彦氏(文部科学省初等中等教育局教育課程教科調査官)の講演,「新学習指導要領(音楽)が目指すもの」を聞いたが,各教科でICTの活用が謳われているにもかかわらず,90分の講演の中で一言もICT,電子テクノロジーという言葉が出てこなかったことには非常に驚いた。音楽科は本当にこれでいいのだろうか。
 このジャーナル特集は,なぜ音楽科がこれほどまでにICTに無関心になったのだろうかという疑問から生まれた。本学会や編集委員会にそうした問題意識があったのではなく,私の問題意識に対して,共同編集者の永岡都さんが共感してくれた結果,「音楽教育と電子テクノロジー」というテーマが具体化したのである。
 編集作業を終えて,この20年間を振り返ることを出発点にして良かったと感じている。DTMの隆盛期であった前半の1990年代からの変化を捉えることにより,2000年以降,なぜ音楽科教育においてICT活用が不活発になったのかを紐解くことができたからである。楽器メーカーの方々のお話がとりわけ有効だった。あらためてご協力に感謝したい。
 だが一方,これまでの経緯を正確に理解することは,現在の諸問題を解決するための必要条件に過ぎない。実際的な解決は,やはり関係者の意識改革や努力なくしては難しい。
 現在,他教科と比べ,音楽授業におけるICT活用に取り組む人の少なさは異常なほどである。初山正博さん(第1部,p.27)が提案したような方向で,是非とも現場の特に若い先生たちに議論をしてもらいたい。また,現場の先生方を支援し,企業と協力関係を結ぶことができる若い研究者の登場にも期待したい。研究組織には師弟関係がつきまとうが,師と同じ路線の研究をしていたのでは,似たような景色しか見ることができない。常に変化しつつあるICT
を研究するには,従前の音楽教育研究では経験したことがないような立ち位置,スケール,スピード感が求められるだろう。
 本ジャーナル特集には,鈴來正樹さん,中西宣人さんら若い実践者が寄稿してくれた。鈴來さんは,電子打楽器奏者でありながら小学校音楽専科教諭の経歴を持つ,音楽教育界と電子楽器演奏の世界を結ぶ人である。また,新しい概念に立脚した電子楽器を開発している中西さんは,音楽教育界と工学界との距離を縮める逸材となることだろう。中西さんの今回の論文はその布石となったと感じる。
 第2部に実践報告を寄せたのは,ICTに対する周りの関心が薄いという状況にもかかわらず,学校教育および大学教育において,日々 PCやICT機器の活用に取り組んできた方々である。今後もそれぞれの研究が深まることを願う。
 今回のジャーナル特集では,テーマの副題を「『共有』と『発信』を目指して」とした。おそらく前述の若い二人は,SNSなどを活用して,「共有」「発信」を日常的に行っているはずであるが,学校現場では様々な制約があり,その実現が困難である場合が多い。それでも,新しいメディアを主体的に使って,子どもたちが〈楽しい〉〈わかった〉〈できた〉を「共有」すること,そして,〈楽しい〉という気持ちや〈わかった〉〈できた〉という喜びを「発信」すること,それらの積み重ねが新しいリアルな音楽学習を形成していくことに期待したい。
 井手口彰典さん(第3部,p.77)は,「情報化,まだ進めますか?」と語りかけた。私自身は,大学の保育者養成学科および音楽教室という比較的自由な環境に身を置いているので,これからも積極的にICT機器を使った実践活動を
繰り広げていくつもりである。
 そして,音楽科教育の関係者には,次のように問いたい。「情報化,まだ進めなくてよいのですか?」