3月5日
日本ポピュラー音楽学会(2011年12月)のワークショップCの報告が学会のニューズレターに載った。
『ポピュラー音楽における電子打楽器の可能性』(報告 成城大学准教授、阿部勘一)
鈴木正樹(MASAKing)
梅田正之(ローランド株式会社・非会員)
西裕之(ローランド株式会社・非会員)
討論者:井手口彰典(鹿児島国際大学)
http://www.jaspm.jp/newsletters/NL91.pdf (全20ページ)
13ページ目の後半、かなりぎくっとした。
私は「音楽教育業界は終わってる!」とまでは言っていない・・絶対に!!
よく読むと、「音楽教育業界は終わってる!」と思ったのは阿部さんだということがわかった。ホッとした。
↓この部分↓
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・・・しかし、本ワークショップが終わった後、鈴木氏が音楽教育学会で電子打楽器の教育現場への導入について発表した際の反応について、深見友紀子会員から伺った内容が報告者にとっては印象的であった。その反応とは、「とにかく生音でない、生の楽器でないから電子打楽器はそもそも現場では使えない」といった趣旨のことであった。電子楽器には心がない、ホンモノではない、といった音楽教育業界のナイーブなアレルギーなのだろうが、報告者はその話を聞いて、思わず「21 世紀にもなって、音楽教育(学会)業界の反応がそんななんて、音楽教育業界は終わってる!」と、その惨憺たる状況に対し、大いに嘆いてしまったものである。
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本当にホッとした。
討論者の井手口さんが提示した次の3つの視点はすばらしいと思う。これらのことを本気で考えてくれる若者が出なければ、音楽教育における電子楽器は終わってしまうだろう。
1. 音楽教育の現場において、電子楽器に対して関心が低かったり、たとえ関心が高い教員がいたとしても電子楽器や音響機器に対するリテラシーが低かったりなど、音楽教育の現状を踏まえた上で、電子楽器をはじめとする技術と切っても切り離せない現代の音楽文化、技術を、いかに音楽教育の中で普及させていくのかを考える必要があること。
2. 電子打楽器が、単なるサンプリングや自動演奏といった楽器(というか機器)ではなく、「叩く」という身体運動を伴うアコースティックな「楽器」における動きと、電子楽器の持つ特徴を組み合わせたものであるということの意義。
3. 2 との関連で、電子打楽器が、「電子楽器」といういわば演奏するという身体行為から切り離され、電子的にシミュレートされた音楽を奏でる種類の道具でありながら、「叩く」という身体行為を伴うインターフェイスによって「演奏」される「楽器」であるという特徴の持つ意義。